写真集 野口健が見た世界

写真集 野口健が見た世界
■写真・文 野口健
■発行 集英社インターナショナル
■定価 2000円(税抜き)

たった一度だけやが対談させていただいたアルピニストの野口健氏の初の写真集出版である。ご本人にもご挨拶してぜひお祝いをと同タイトルで神田小川町のオリンパスギャラリーで開催されている写真展初日に駆けつけた。会場外まで、コスモ石油等アルピニストとして、またヒマラヤや富士山の清掃登山に対するスポンサーからの花束に混じってあの黒柳徹子氏からも届けられた花束に彩られていた。野口氏は夕方来られるということでお目にかかれんかったが、そこで販売されている野口氏の署名入りの写真集を購入させていただいた。別に花見にいったのではない。写真は、はっきり言って30年以上本職のカメラマンであったことが恥ずかしくなるぐらい、野口氏の作品はどれもこれもつっこみようがないほどの素晴らしいできばえであった。これで本職のカメラマンの手によるものでなく、アルピニストの手による作品なのである。この作品が持つ迫力はアルピニストとして実際その現場に立っていた者の強みからのみではない。写真が他の芸術と違うのはそこにいなければ作れないところであるが、野口氏の作品は高い芸術性からである。野口氏はじめアルピニストの方にお会いしていつも思う。報道カメラマンの仕事なんぞぬるーいもんである。アルピニストのほうがはるかに死と直面している。特にわしは23の時、徹夜明けで富士山登って高山病でしばらく苦しめられて以来、高いとこが苦手になった。表紙にも「生の裏側には、必ず死が潜んでいる」とある通り、栄光を手に出来るアルピニストは山を征服しただけではない。生きて帰ってきて、その名声も富も手にできる。植村直巳氏のように遺体すら見つかってないアルピニストもおられるのである。本作品にもヒマラヤで遭難したまま回収もままならぬ遺体の写真が掲載されている。エベレスト山頂までのルートはまさに屍累々という噂はきいていたが、こうやって野口氏の鮮明な写真を目にするまで現実感がわかなかった。それにしても不思議である。サウスコルに横たわる遺体は首からしたは当然腐敗が無いから皮膚も肉体も存在してるが、頭部は白骨化しとるのである。7900mのサウスコルにはいかなる肉食の野生動物は存在してないはずやが、野口によると強風のためという。そんな遺体ですら美しく見える。わしは本職のカメラマンより優れた写真が撮れる・・・だけでなく作品を残せる本職以外の職業の方の作品を少なからず、見てきた。時の小泉首相が直々に写真展まで足を運んだ藤原紀香氏、テーマはアフガンやったが、あのアフガンの作品もわしらが反省するぐらい上手い。その後藤原紀香氏はUNフォトグラファーを名乗られ、わしも時の首相が初めてPKOの自衛隊を視察した東チモールにもUNフォトグラファーとして行かれていたようやが、そのときの作品は見てないが。野口氏が写真が上手いのは、対談の時は明かされなかったが、最初に抱いた夢がテレビドラマの影響でカメラマンになりたいからでもある。中学、高校と写真部に所属し、かび臭く、暗い暗室で酢酸くさくなりながら、現像、プリントを覚え、中学一年のときには父上に土下座して一眼レフを買ってもらっていたぐらいである。ここらあたりまではわしとたいした違いは無い。ただ野口氏が買ってもらったのがニコンのFM2だったことである。わしが写真週刊誌1年生カメラマンだったころからプロが使っていたかなり高価なカメラである。ストロボ同調速度が当時ニコンしか成し遂げられなかった、シャッター縦走りの1/250秒、電池が切れても作動する、メカニカル・シャッター機能付きである。ただ野口氏がFM2を選んだのは寒さに強く、カッコいいからという理由からであった。わしの場合は中三のとき、高いニコンは宮嶋家で望むべくもなく、ミノルタのSRT 101であった。野口氏の父上が外交官に対し、うちは大企業やがサラリーマン係長であった。その後野口氏は登山と出会われアルピニストの道を極められるが、やはり若いときに見につけた腕というか、こちとら本職のカメラマンからしたら、持って生まれた才能と思いたい、写真のセンスに恵まれこの写真集に至ったわけであろう。現在は登山の友はFM2からオリンパスのE−5にかわったもの、本写真集にも写真展にもFM2で撮られた白黒プリントが発表されている。オリンパス・ギャラリーで写真展開催されたのも愛機のご縁であろう。それにしてもオリンパスは近年経営陣の不祥事があったもの、その技術の高さは今もかっても変わらない。わしが中学生のころはOM−1、テレビのCMでもそのコンパクトさを強調した粋な宣伝であった。野口氏の作品でもその発色、グラデーションが作品の質をたかめているが、ここまでいいカメラだったとは愚かにも知らんかった。はでで透明感のある発色はないが、ナショナル・ジオグラフィック誌面のような現実感のあるしぶい発色である。どっちかというとシャドー部の諧調のほうが豊である。レンズの特色がネイチャー・フォト向きなんやろうか。オリンパスといえばどうしても小型カメラ、最近やとオリンパス・ペンの印象がつよかったかである。写真集も写真展もヒマラヤのシリーズだけやない。アフリカ、レイテ島の遺骨収集、さらに東日本大震災の被災地まで。特にアフリカのスラムのがすごい。アフリカといえばガキ共撮って自分の写真の未熟さをごまかすヘタレカメラマンもいるが、このアフリカシリーズは人類による自然破壊の愚かさに警鐘を鳴らす報道写真の部類にはいる。写真展には展示されてなかったレイテ島の遺骨収集、氷河湖決壊、東北の被災地での活動の作品も掲載されている。写真展会場ではご本人のトークタイムも設けられ、野口氏がヒマラヤで使用していた実物の防寒着も展示されている。ほんまに本職が見たら自信なくすわ。